ヨモヤマバナシ

【 A Mid Summer Night's Dream 真夏の夜の夢‐パイロテットジョイント編 】

掲載日 2010-08-13

「アッハッハッハ…、Harvey MartinもJerry Franklinも真の後継者がいないって嘆いていたのかい、どうしてだろう?フラットフェイスでキュー作りをしている人は、今大変な数になるだろうにね、George。」

「う?ん、やはり自分達の追い求めたことを継ぐ者がいない、と感じるのは寂しいよね、Gus。その点は君はBarryがいてやってくれているから安心だな、そうだろう?」

「うん、見てると最近は、孫のJimmyまで手伝っているんだ。なかなかセンスも良くてね、いやぁ嬉しいもんだよ。自分の使った機械のままで何も新しくはないけど…全く同じやり方で作ってくれるのはありがたいね。素材は自分の時とは多少違うし、あ、それから接着剤と塗料も違う、その分サウンドもスティフになったかな?だけど、ベースのアイディアは同じだから安心できるね。」

「Gus。でも今もし君が21世紀に戻ってきたら、コンピューターは使うんじゃないのかい?Barryは使ってないよね。」

「もちろん使うよ。自分は新しいことにチャレンジするのが大好きで、だからキュー作りが好きなんだ。作り始めとやめた時では全く違うものを作っているよ。だからCNCも当然活用すべきだし、当たり前だね。Georgeも使うよね?」

「うん!使うね、自分のShopは本当に小さかった。機械だって他の誰よりも持ってなかったんだ。その中であれだけの品質を保てたことが一番のプライドだよ。もし21世紀に戻れたら、また違ったキューへのアプローチをしているし、優れたマシンで良い物を作ってると思うよ。でも、じゃあなぜBarryは使わないんだい?」

「難しいところでね、頭が痛いところでもあるよね…。ボクはBarryがいずれキューを作ると思ってコンピュータを勉強させたんだ。だから、大学を終えて仕事に就いたのもコンピュータ関係の仕事だったんだよ。その頃、キュー作りというのは、自分と2人でする程まだ収入もなく、Barryも彼女の手前、将来性の見えないキュー作りよりも華やかに見えて収入も安定してある方が良かったというのも理解できたんだ。でも、それで突然のお迎えだよ…。Barryも慌てただろうしね。いざ作ると決めてShopを継いだら、1本もできる前から大変な数のオーダーだよ。そのオーダーの持つ意味とは、この自分の作った物と同じかそれ以上の品質の物を、という意味であり、尚且つ同じ作り方で、という意味だったんだ。ブランドのネームが同じでも作り方が違うのはお客は望んでいないと感じたんだろう。少なくともBarryはそう理解した。また困ったことに、そのオーダーを早くクリアするために他人を雇うとか、外注でパーツを入れるとか、CNCのマシンで多く作る・早く作るということはBarryの心が許さないんだ。今作っているのは20年程前のオーダーだけど、1本1本を時間をかけて昔のやり方で作りあげるというのが、長い間待ち続けてくれたお客へのBarryの精一杯の恩返しなんだよ。」

「ふーん、Barryはオレ様と同じでコンピュータ音痴かと思ったのになぁ…、ガハハハハ!でもちょっと嬉しくなる話だな。それじゃぁGus、Barryはお前さんと全く同じ作り方をしているのかい??」

「そうだね、パーセントで言えば90%程かなと思う。違う所は、一番は芯材を入れるキューも作っていること。自分の頃はエボニーフォアアームのキューを頼まれても芯材を入れなかったもんだ。エボニーキューはバランスが悪くてね、サウンドも悪いし、正直作りたくなかったよ。そのバランスの悪さを改善するために木材をくり抜いてメープルを入れるなんて考えもしなかった。自分はエボニーフォアアームのキューのことを考えることも作ることも自分の心は拒否していたんだろうね。Pool Cueを作りたいのであって、飾り物・置物の為の棒を作ったことはない。でもエボニーのBox Cueは転売するのに受けが良くてね。ボクの周りの友人がいつもお金にピーピー言っていたから、仕方がなく作ってやったんだよ。プレイキューとしては最悪だから作りたくなかったんだけど、それが今では飾り物として値段が高いというし、そっちの方が希少性があるっていうんだからおかしな世の中になったもんだね。」

「あぁ、だからBarryはエボニーフォアアームには芯材を入れるんだね。」

「そうだよ、Lucky。Barryはエボニーやアイボリー、スネークウッドなどは芯材を入れているね。でもハギなしのキューには入れていないよ。Box Cueは入れている。少し難しいね、説明としては。」

「違いとしてはそれだけなの?」

「いや、見えない所でもう1うつ大きな違いがある、わかるかい?」

「???」

「先角だよ、Lucky。Barryはアイボリーの先角をPipe-Style(筒型)にして作っているけど、自分の時代はCap-Style、つまり被せ型にしているんだ。」

「へぇー、でもあまり違わないように思うけどねぇ…。」

「まぁ見えないから大きな違いには見えないかな?逆に今のBarryともし自分が戻った時とでどんな違いが出るだろうか。ね、George?」

「うん、もし自分が21世紀に戻って作るとしたら、より精密にという観点からやはりパイロテッドのキューを作ると思う。そこにCNCを使う意味もあるよね。1つ1つをより緻密に、正確に、という作り方をすれば、今多くの人が目指している“より多く”“より低コストで”“より簡単に”、というCNCの使い勝手とはアプローチの時点から違ってくるからね。」

「へぇ?っ、CNCとは“より早く”“より簡単に”しかも“均質の物を”という使い方が当然じゃないのかい、オイラの時代にはなかったから理解が追いつかないけど、当然そうだと思っていたよ。」

「うん、そうだね。Hermanの考えもそれはそれで正しい使い方であると思うんだ。自動車を作ったりカメラを作るのに1台1台の個性とか違いは求められない、というかあってはいけないんだ。だから1つ1つのパーツまで全く同じサイズ、堅さ、色などを求められるんだけど、キューの世界でもそれは可能だし、量産品、俗に言うプロダクトメーカーのキューは同じデザイン、モデルで何本、何十本、何百本と作られる。だけど、それと同じCNCという機械を利用してその正確さ、精密さを1本物に傾注しているメーカーも数少ないけれどいるんだよ。そして、もし自分が21世紀に戻れるとするならば、必ずそのグループの中の一人としてキュー作りを続けていたいね。1本1本を、デザインを変えて、アイディアを練って作らないと、キュー作りの愉しみなんか持てないんじゃないかな?後継者のいるGusもそう思うだろう?」

「まさしくその通りだよ、George。BarryはBarryの理解・生き方でもう変えないだろうけど、自分なら迷わずCNCを使う。君の言った通り、単純化、量産化ではない全く逆の発想だね。ステンレスのパイロテッドの撞き心地が好きで、…だからキュー作りにはまったんだ。手抜きをしたかったらカスタムキューなんて作らないさ。1日16時間、18時間と働くことも苦ではなかったからね。苦労を考えたらキュー作りはできないね。」

「Gus、Barryの他にはShowmanも昔の我々のような作り方をしているよね?」

「あぁ、全くと言って良い程同じだね。一切芯材を入れないし、パンタグラフで1つ1つカットして…、シャフトも同じだ。よく勉強していて、やっぱりキュー作りが好きなんだなと思うね。」

「その他には?」

「(Gus)うーん、残念だけど昔のスタイルではもういないね。Paul(Mottey)がやめてしまったから…、でもJames(White)がいるか。Mike(Cochran)もつい最近こっちに来ちゃったしなぁ…。Art(Cantando)はフラットフェイスだし…、あ、彼もこっちか。」

「Tonyはどうなの?Black Boarもステンレスのパイロテッドジョイントだよね。それからDennis Searingは?彼もパイロテッドだよ。」

「うん、彼らはパイロテッドジョイントで、しかも本ハギでありながらCNCを上手に使いこなしているね。そういった意味ではGeorgeの言った精密さを追いかけているスタイルと言えると思う。どちらもほとんど1本物だしね、George。ジョイントやハギなどの微妙な所はコンピュータ化せずに作り、1つ1つのインレイなどはコンピュータ化している彼らのスタイルこそ、まさしく君の追い求めていたスタイルからの発展形と言えるんじゃないのかい?君がこっちに来て35年、Shopの名も違い、デザインも進化して変わったけど、ジョイントや撞き味はまさしく追い求めたままであり、追い求めたサウンドも似ているんじゃないかなぁ。」

「うーん、後継者として認めざるを得ないかな。Lucky、君はどう思う?」

「DennisははっきりGeorgeとGusの名前を口に出して、もし彼らが今作っているとしたら、自分と同じようなキューを追い求めるのではないか、と発言しているね。Tonyに関してはかなりの変人だから、その時の気分任せだよ。ただしTonyとDennisのマシンの差は今はかなりあると言える。デザイン性はずっとTonyにあるけど、ベースの作り、精密さにおいてはDennisがずっと上だね。その後にはRandy Mobily、Ron Haleyなども出てきていて目が離せないところだよ。」

「フラットフェイスと違ってパイロテッドは少数精鋭というか、作っている人はもう大変少ないけど、レベルは一昔前とは比較にならない。良いサウンドを求めてGeorgeやGusのとまるで競っているかのようだよ。」

「Goooo… Gooo… 」

「アァ、気持良さそうなサウンドだね…って!あれ!Herman、Herman…、どうして寝ちゃっているの?今大切な話をしていたのに、聞いていなかったでしょ…。」

「ア?ァ…、いやいや、GeorgeとGusのW・Gの話ばかりで、ついつい眼を閉じて瞑想に耽っていたのさ。寝ていたとは素人の言葉、達人によれば瞑想なんだよ、ワカルダロ!?」

「ゴメンゴメン、ついつい2人が現代に戻ったら…という話をしていて、まさしく夢中になっちゃた。Hermanを忘れたわけではないよ。ところでさ、聞きたいんだけど、Hermanはどんなキューを作っていたの?あまり僕らは知らないんで、教えてほしいんだ。」

「イヤダネ、そんな物のついでにみたいに頼まれて、オレ様の心は深?く傷ついた。話すもんか、教えてなんかやらないよ。」

「僕らがW・Gなら、HermanはW・Willieだよね、Herman?」

「チッ!仕方ないなぁ…。ダブルウィリーを持ってこられたら話さないわけにはいかないか。ところでGeorgeとGusは何年ぐらいキュー作りをしたんだい?」

「僕はNew YorkのブルックリンのPool Hallを買って共同経営を始めたのが1959年のこと、47歳の時だった。その少し前からキューのリペアを始めてキュー作りを開始したんだ。1975年までだったから、大体17、8年かな。」

「僕はGeorgeに頼まれてハギを作り、色々教えてもらったんだ。キュー作りを始めたのは1969年だけど、最初の数年間はホントひどい物ばかりさ。Georgeがこっちの方に来たのが1975年、そしてそれから僕にオーダーが殺到して88年まで作ったんだよ。足かけ20年間だけど、良い作品が出てきたのは正味で10年ぐらいかなぁ。」

「ふーん、2人ともPool Cueだけだろう、2人合わせても30年位なんだね。じゃあ、オイラとは比較にならないな。オレ様は1915年から67年まで50年以上作ったんだ、偉いだろ!!」

「あれ、突然偉くなっちゃったよ、Hermanは…。」

「いいから、Lucky!年寄りは気持ち良いとたくさん色々教えてくれるよ。」

「オレ様が作り始めたのは実は天下のBrunswick社に雇われたからなんだ。始めは小間使いだったんだけど、見ているうちにできるかなと思ってやってみたらすぐに責任者になっちゃった。まぁ天才だったんだな、ガハハハハ…。フルスプライスというハンドル部とフォアアーム部を組み込むスタイルを作るのに、どうしたら簡単に正確に作れるかとアイディアを出して、そのパーツを作ったら、これが受けたんだよ。オレ様以外には誰もそれを考案していなかったしな。作り始めた頃は第一次世界大戦の真っ最中。ヨーロッパが戦地だったために、キューを作ることが当時の本場フランスなどではできなかったんだね。その点自分はアメリカのシカゴだったからたくさんオーダーが来たんだよ。作ったキューはキャロムキュー。アメリカでもヨーロッパでも1900年頃から30年代半ばまではボークラインが盛んでね。細身で軽く、持ちやすいキャロムキューばかりを作っていた。そしてオレ様が作るようになったのは、世界大戦ともう1つ他に大きな理由がある。何かわかるかい?」

「それがあの有名なW・ウィリーでしょう、Herman。」

「そうだよ、George。まずキャロムのWillieから説明しよう。1906年、当時まだ18歳程だったWillie Hoppeがフランスのパリでその当時の世界チャンピオン、Maurice Vignaux(モーリス・ビニョー)を破ってアメリカ史上初のビリヤードの世界チャンピオンになったんだ。Gameとしてはボークラインの18・1という種目だね。もうWillieはその後無敵の強さ、Spain海軍のようだった。そしてアメリカに初めてのビリヤードブームが生まれたんだよ。その当時のアメリカ人にはヨーロッパに対しての劣等感のようなものがあってね、それをWillie Hoppeが本場フランスで打ち負かしたから大変なNewsになったんだ。それが影響して、新聞にはビリヤードの告知がしょっちゅう流れたし、アメリカ各地にビリヤードサロンができて凄かったのさ。オレ様が作った物は飛ぶように売れたし、朝も夜もないほど忙しかった。16時間なんて問題じゃない、とにかく休む間もなかった。そして1920年代に入るとボークラインばかりでなく、3-cushionが普及してきたんだ。Willieもボークラインから3-cushionに移ってね。そして第二次世界大戦が起きたんだ。物質も人材もない中で作り続けるのは大変だったけど、その大戦も終わり、今度はポケットビリヤード、今で言うPoolが流行しだしたんだ。James DeanやMarilyn Monroe、Elvisなどの時代だよ、良い時代だった…。自分はボークラインのような軽いキューから3-cushionのような硬いキュー、そしてここからポケット用のPool Cueも作ったのさ。Herman Rambowというと皆キャロムと頭から決めつけてくれるけど、自分はどんな物でも作ってきたんだ。そりゃGusのように1人1人のオーダーは取れなかったけど、作る本数が桁違いに多いんだからしょうがない。少し話が前後するけど、Wウィリーのもう1人、Willie Mosconiが最初に世界タイトルを取ったのが1941年。もうその頃にはオレ様のキューを使っていて手放さなかったよ。ヤツはまだ若くて30歳前だったけど、とにかく14-1が早くて強い。ヤツの前には125点を撞き切るなんて夢のまた夢だったけど、Mosconiはトーナメントの途中にしょっちゅう125点撞き切りをやっちゃう。当時TVやラジオにもたくさん出ていてWillie HoppeもWillie Mosconiも、2人ともBrunzwickにスポンサーしてもらってたんで、ある時W・Willieでエキシビションを、と試しにやってみたらこれが大当たり!1950年代はずっと2人とも一緒だったんじゃないかという程、全米各地でイベントをやっていたのさ。2人とも見栄えが良くて上手だったから、おかげでキューは飛ぶように、まさに飛ぶように売れた。自分の作った物はフルスプライスで、56インチのキャロムキューでもあり、もちろんPoolcueも作った。この2大ビリヤードスターがアメリカのブームを作り、Brunzwickの名前を拡げるのにも貢献したのは間違いない。」

「ワォッ!Herman、たくさんのことを一気に教えてくれたね、ありがとう。少し休んでいて良いよ、ホントにありがとう。」

「ところでGeorge、…ということは、Hermanはどちらかと言うと1本1本手作りのプロダクトというニュアンスのキューと言って良いのかな?」

「プロダクトというと少し抵抗があるけれど、同様の物をいくつも作っていたということはそういうことかな。しかし1本1本手作りだからすごいことだよね。」

「Hermanのキューはあまり装飾が入ってないよね。じゃ、どうしてGeorgeは装飾を入れたの?」

「う?ん、そうだね、自分が色々デザインしてキューに装飾をするようになったのは、自分はその前に楽器や家具を作っていたからなんだ。自分より以前にはそんな装飾は本当に目にすることが少なかったね。Hermanのキュー、時代とボクとGusの時代は、実は見事に連なっているんだ。我々3人の歴史がアメリカ東部のキューの歴史と言っても良いと思うね。ただしHermanはフルスプライスで1本1本をたくさん作ったキューメーカー、なんたって50年以上作っているんだからね。そして自分はフォアアームとハンドルとスリーブと大きく3分割に分けてキュー作りを目指したんだ。Shopが小さくて設備もなかったので、ハギは外注したのさ。一番手間がかかって大変な部分は自分より上手な人に安く作ってもらったんだよ。自分でも作れたけど、手間がかかるのでね。その点ではGusは我々の切り開いた道を通って全てを自分で作ったカスタムキューメーカーだね。きちんとオーダーをとって顧客に合わせて作る、というのはHermanとは全く逆の製作スタイル。3人ともパイロテッドの東海岸のキューメーカーと言うと同じイメージだけど、実は1人1人キュー作りへのアプローチが全く違うんだ。ところで、Hermanは自分で言わなかったけど、キューの歴史の上でとっても大切なことを始めたんだ。何か知っているかい?」

「いや、わからない、何だろう?」

「実は、Hermanの功績はバット側にピンを固定したこと。これが彼の後の世代に見事に違いをもたらしたんだ。」

「いや、自分のキューとGeorgeの物ではGeorgeの物がずっとステンレスの磨き方から糸巻き・革巻き、シャフトの美しさと比較にならないよ。」

「いやいや、Hermanの残した功績はとてつもなく大きいんだよ、Lucky。フルスプライスを作りやすいようにツールや製作方法を確立したことと、さっきも言ったジョイントピンをバット側に固定したこと、これがあってこそボクやGusだけでなく、21世紀のキューメーカー達もほとんどすべての人がその恩恵を受けているんだ。カスタムとかプロダクトなど関係ないのさ。」

「ありがとう、George…、そう言ってくれると嬉しいなぁ。その当時フルスプライスが必要だった大きな理由は、29インチを1ピースで作るというのは大変は曲がりやすいこと、それから接着剤があまり良くなかったので、多くのピースをくっつけてキュー作りをすることは構造的には良いこととは思えなかったからなんだ。バイブレーションの基本的な考え方はあくまでも単一素材で、ということが大原則なので、ピースを多くすることはできるだけ避けたいしね。ハイテクハイテクと言っていても、50年以上前のMosconiの記録すら破れないハイテクに何の意味があるんだろうか、あ、これは余計だけど。フルスプライスとはキューをしっかり作るためには欠かせなかったこと。そしてパイロテッドジョイントもね。僕はシカゴで作っていたけど、主要マーケットはNew Yorkなどの湿度の高い東海岸。エアコンもない東海岸で、ボールは重い象牙製。ボールとラシャの摩擦は大きいし、ボールとボールの摩擦も大きい…、ということは、重くてしっかりしていて、尚且つスピンの乗るキューが求められたのさ。Willie HoppeはNew York生まれで、Willie MosconiもPhiladelphia、どちらも東海岸の似たような地域で育ったプレイヤーなんだ。そして見て御覧、Lucky、Georgeもロシア生まれのNew York育ち、GusもNew Yorkから2、3時間のPensilvaniaだろう。我々が求められたキューとは、マーケットやゲームとは切っても切り離せないことであり、歴史を知らずして表面だけフラットとかソリッドとか言っても意味はないよ。GerogeやGusは21世紀に戻ったら…なんて夢のようなことを考えているけど、彼らの後継者はしっかり着実に根付いていてきちんと花も咲いている。オイラはいつの日にか歴史の教科書に“キューの父親”のような見出しで自分が載らないかなぁ、と夢見ているんだ。考えただけでも楽しみだろう?」

「Herman、君は“Geroge Balabushka”という名がキューの構造を語る時に必ず用いられているのを知らないね。君には気の毒だけれど、歴史の教科書には当然ボクの名が出ると思うよ。フフ…。」

「オイオイ…、カスタムキューとはまさしく“Gus Szamboti”を表現する言葉なんだよ。2人の功績はぼくは認めているけど、世間ではキューの価値イコールGus、なんだね。世間は正直なもんだよ、ホントに。教科書にも当然…。」

「ァァ…、喧嘩しないで、きっと皆が教科書に一緒に載るように神様にお願いするからね、夢に見て待っていて…!」



<出演>
■Herman Rambow
■Gus Szamboti
■George Balabushka
■Lucky