ヨモヤマバナシ

【 A Mid Summer Night's Dream 真夏の夜の夢-前編 】

掲載日 2010-07-28

「アーハッハッハッハーッ!それは面白いね!!」

「でしょう!フラットフェイスとパイロテッドがどう違うかということすら今時のキューメーカー達はわかってないんだよ。」

「それでいて自分は“South Westの流れを汲む”とか“シカゴ近辺では昔からこうだった”などと言ってるんだって?!現代のほとんどのキューメーカーは球撞きすらしてなかったし、キュー作りを始めてからは尚更球撞きはできないのにね。」

「Jerry、君はどんなキューを作りたかったの?」

「イヤ、自分よりやはり先輩のHarveyに聞いてみようよ。」

「ボクのキューはほとんどキャロム用に作られたと巷では評されているけれど…、それは時代の流れの中ではそうだけどね、第二次世界大戦以前は球撞きと言えばキャロム、すなわち3cusionとボークラインが主流だったんだ。大戦以後はポケットゲームも随分盛んになってね、もちろんポケット用のキューも作ったんだよ。」

「ヘェーッ、その頃には他にどんなキューメーカーがいたの?」

「その頃はアメリカの都市ごとにPool Hallがあって、キューらしき物を作っている人達がいたんだ。でも名を残しているとすると…、自分と、それから全く違うスタイルだけどHerman Rambowぐらいだね。」

「あ、名前は聞いたことあるけど…。Willie HoppeとかWillie Mosconiとかにもキューを作っているよね。」

「あぁ、よく知っているね、Lucky。Mosconiのストレートプールのワールドレコード526点というのは、実はRambowのキューで記録されているんだよ。」

「エッ!てっきりGeorge Balabushkaのキューだと思っていたよ!」

「Willieの記録は1956年のエキシビションでのこと、Rambowのキューで作られたものなんだ。この当時は3cusionのWillieとPoolのWillieのダブルウィリーでのエキシビションが大変評判が良くて、どちらもHerman Rambowのキューを愛用していたから自分には励みになったものさ!負けるものか!もっと良い物を!とね。」

「あれ?Harveyのキューもチャンピオンキューとして有名じゃなかった?」

「うん、自分のキューを愛用してくれたプレーヤーもたくさんいるけど、中でもAllen Gilbertが有名だね。Luther Lassiter、Ralf GreenleafやWade Crane…、いや、ほとんど皆が自分のキューかRambowだったんだ。」

「Harveyはフラットフェイスのキューとしてはどんな物を作りたかったの?」

「うーん、どこから話そうかな?まず、ボクが作りたかったのはあくまで“プレイアビリティー重視”ということ。これはキュー作りをする人間全員が最初に言うことだから、一緒だね。」

「でも入口は一緒でもプロセスも違うし、結果も…。」

「Lucky、日本人はせっかちだね、それでは良いキュー作りができないよ?
自分は1920年から1984年までLos Angelsでキュー作りをしたんだ。そのジョイント形式がフラットフェイスだったから“West Coast Style”と人は呼ぶけど、自分の前にもフラットフェイスは存在していたからボクが元祖ではないんだ、よく覚えておいてくれよ。」

「OK、Harvey。それで…?」

「自分が目指したプレイアビリティーは“一本物の木材の撞き味”さ。ワンピースキューが最高の撞き味なのは言うまでもない。キュー作りをするうえでは必ず目指されるレベルなんだ。ジョイントの形の違いはあるけれど、フラットフェイスもパイロテッドも目指していることは同じ“一体感”の追求に他ならない。自分は一本物の天然素材のキューを理想としたのさ。」

「ヘェーッ、今では誰もそんなものは作っていないよね。キューメーカーが1000人いたら1000人ともフォアアームとハンドル、スリーブの3部分からキューを作っているよ、Harvey。今までに一度も聞いたことがないよ。」

「いいかい、Lucky。天然木を使うとフォアアームの部分およそ12インチ(30cm)だけでもかなりの確率で曲がってしまうんだ。それは長くなればなるほど曲がる確率は増大する…2次曲線的にね。スリーブまで29インチだから、もう曲がる確率は12インチの10倍以上!だから誰も天然の木は使いたがらないし、ワンピースの長い物も作りたくないんだよ。それだけまっすぐの29インチというのは難しいんだ。」

「天然の木って何なの?どうして曲がるの?」

「天然の木とは“Air-dried”の木のことで、カットされた後に自然乾燥された木材さ。乾燥までに何年も何十年もかけるからとても大変なんだ。尚且つ削る時に外皮を剥くと、新しい下地が外側の空気に順応するために水分調節をするんだよ。だからほとんど必ずと言って良い程動くんだ。でもカットされたばかりの時とはまるで質の違う動きさ。カットされたばかりの木は痩せるし曲がるけど、天然の木は表現としては“動く”と言えるね。」

「ヘェー、まるで生きているんだね。そういえば日本の古くからの木材建築やお寺なども建物が呼吸をしていて長く良い状態を保つ、と習ったけど、このことかな?」

「うん、きっとそういうことだろうと思う、アメリカにはそんな文化はないけどね。数百年も昔の建築物だと、きっとその木材を使用するまでに何年も何十年も寝かせたはずだよ。木材が収縮して動くことを当然知っていただろうし、それと上手に付き合うことも知っていたのさ。それが我々の言う“Air-dried”ということさ。Jerry、そうだろう?」

「あ、やっと出番が戻ってきたね!自分がキュー作りを始めた1980年頃にはAir-driedの木材なんてなかなかなかったと思う。木材問屋に聞くと全部が“Steam-dried”、すなわち熱を加えて燻して水分を早く抜くということをしていたんだ。この方法は1900年より以前からすでに行われていたようで、別名“Conventional-dried”とも言われているよ。それでもシャフトの長さ29インチをまっすぐに削るには大変な根気と努力が必要なんだ。Air-driedの素材は使ったことはないけど、話には聞いているよ。Steam-driedの比ではない、ということもね。」

「ありがとうJerry、その通りだよ。自分が作ったキャロムキューは前にも言った通り、ワンピースの素材の持つ打感を追い求めて作られたんだ。そのジョイントをフラットフェイスにしてワンピース…、ということを念頭においてキュー作りをしているうちに、それまで誰も知らなかった様々なことを理解できたんだ。まず、素材についての違い。そしてウェイトバランスの違い。最後にテーパーによる違いだね。自分はまずハードロックメープルを素材として考えてみてキュー作りをしているうちに、なんて外見がシンプルなんだろうと感じたのさ。それまでの常識ではバーズアイやフィドルバックは病気のメープルと称されていて誰も使わなかったけど、逆に自分の眼にはとても美しく映ったんだよ。そして何本か作ってみて、曲がりなんかもそんなに変わらないし、少し手間はかかるけど、それでどんどん使い始めたのさ。メープルと象牙のコンビネーションに特化した為に理解が深まったのも良かった。色々作った中でも、象牙を筒状にしてハンドル部に使ったのは自分が最初だと思う。キューがシンプルだったから、他のもので変化を少し求めたんだよ。スリーブがうんと太くて重い物や、シャフトの先に錘を入れて重くした物も作ったよ。お客がボールとの接触時間を長くしたいと言うので色々やったもんさ。」

「ヘェー、アイボリーハンドルってGinacueが最初かと思っていたんだけど…」

「いやいや、ボクの方がずっと早いよ。ボクはアイボリーのボールを使って繋ぎ合わせて作ったんだ。Ernieの方が随分ファンシーな仕上がりだけどね。話が戻るけど、自分が目指したのはワンピースキューのサウンド。ジョイントをフラットフェイスにしてワンピースを目標にしたら、様々なことを理解できたんだ。50年以上経た今でも天然素材の一本物のまっすぐなキューが残っていることをしっかり宣伝してくれよ、Lucky!!」

「…ということは、お客の要望によりボールとティップとの接触時間をできるだけコントロールしたり、素材や太さを変えてバランスを調節したりした、ということで良いよね。そして目指したのはワンピースの天然素材のサウンドだったね。バーズアイやカーリー、フィドルバックなどの杢目を利用したのもHarveyが最初、あ、象牙もだね。」

「いや、象牙に関してはハンドルやスリーブ部に9ピースとか11ピースで使っている訳で、自分の前にもジョイントやスリーブには使われていたよ。ただ、くり抜く技術がなかったから、どうしても重くなったし、あまり作れなかったね。ワンピースでもなかったしね。」
「OK。さて大分お待たせしたけど、Jerry、君のキューについて
触れようか。何から話したい?」

「うん、さっきは素材のことを少し話したけど、自分達の時代にはAir-driedの素材は本当に稀で、だから扱う技術さえ残っていないのさ。日本建築のような話は伝統的な技術と世代間で分かち合い、共有し、愉しめるもの、ということで大変素晴らしいことだと思う。きちんと製作されたものは大切に使われたり保存されて人間の一生とは比較にならない程長生きするんだよ。バイオリンやヴィオラ、フルート、バグパイプなどもそうだし、テーブルや椅子、置物など数百年はゆうに見事に生きる。別に薬液に浸けて木材が呼吸できなくしたりすることもないし、プラスチックやガラス繊維などで素材が曲がらないように中を補強する必要もない。まぁ、量産品とHarveyや自分の物を比較する意味はないけどね。時間がもったいないとか、手軽だから、皆がしているから、コストが安いから、安くたくさんできるから、という観点からは良い道具は作れない。」

「うーん、現代のカスタムメーカーにとっては耳の痛い話だなぁ…。それで、Jerryはどんなキューを目指したの?D.P.Kersenbrockをお手本にしたんだったよね。」

「そうそう…、つい熱が入って脱線しちゃったね。自分は皆が知っている通りDavidにベースを習ったのさ。Davidは大変繊細な、というか神経質な性格で、バットのテーパーやシャフトのテーパーをきちんと1インチごとに数値に表している。小数点以下7桁も8桁も…ここまでしたのはDavidが初めてだろうね。」

「Jerry、Davidの話は彼がこっちに来た時に聞くことにするから、Jerry自身の話をもっとしてほしいな。」

「おっと、Luckyごめんごめん。でも自分のキューはDavidの話を抜きには少し伝えにくいんだよ。ま、ボクの先生はDavidで、彼はたくさんのテーパーや素材を使っていたんだ。」

「ボクも彼のキューはたくさん集めたし、初期の頃のキューは特に好きで今でも結構持っているよ。」

「Davidのキュー作りのテーゼは“万物協調”とでも言えるのかな。でもボクはキュー作りをそういう風には捉えていなくて、Davidからは基本の構造と作り方をマスターしたんだ。ハギの作り方やテーパーについてね。」

「ということは…、Harveyとはジョイントがフラットフェイスという点は一緒で、ピンのサイズもHarveyの後期の物には近いけど、スタート地点ですでに違っているよね。」

「よくわかるね、Lucky。Harveyはワンピースを目指したけど、Davidは“木材は曲がる”ことを念頭においてキュー作りをしていたんだ。だからハギを組み込んで補強し、ハンドルとスリーブというようにパーツパーツの組み合わせでまっすぐになるように工夫したんだよ。」

「ということは、Harveyは天然のワンピースからフラットフェイスの利点を学び、メープルと象牙の組み合わせを追求したのに対し、DavidとJerryは3ピースからフラットフェイスの利点を学び、様々な素材を使い始めた、ということで良いのかな?」

「そうだね。Harveyとはフラットフェイスの3/8インチ-ピンということでは似ている。そしてワンピースのサウンドを求めることも同じ。だけど、スタート地点がまるっきり違うんだ。それからHarveyは50年以上現役でキュー作りをしたけど、自分はたった15年程…これも大いに悔いに残ることだよ…。」

「それは残念だったね…。ということは、もしJerryが21世紀現代に戻れたらどんなキューを作っているのかな?とても興味深いところだなぁ。」

「うん、作り始めて10年や15年というのは、テクニックは上手になってもまだまだ目指す物が遥か遠くにある、としか言えないと思う。20年、25年と作り続けて初めて意味が自分でもわかるんじゃないかな。」

「そうだよね。South Westのキューをずっと追い続けたボクの眼にもJerryの変化というか、進化を作品の上から判断できるし、それは何もJerryに限ったことではなくて、GeorgeやGusにも、GinacueやTADにもあてはまることだからね。」

「ありがとうLucky、おかげでボクが追い続けたサウンドとは何だったかを大分思い出したよ。HarveyやHerman Rambow、そしてDavid達は皆、接触時間を短くしたり長くしたりすることに苦心したんだ。彼らはキュー作りの人生をずっとそれに費やしたと言っても良い程にね。皆はキャロムとプールと両方だったからね。ところがボクはLas Vegasの砂漠で地元のプールプレイヤー達の為のキュー作りからスタートしたんだよ。エアコンもガンガン効いていて、空気もスーパードライ!まるで朝日のあたる家、イヤあれはニューオリンズだったな、ゴメンゴメン…。」

「Jerry、脱線しないで!ホントに話好きなんだから…笑」

「日本のビールは皆オイシイからね!とにかく自分がキュー作りを始めて皆に求められたのが、“よりソリッドに”ということで、ボールとキューティップの接触時間を短くすることを言われたんだ。最初の頃、1982年に作ったキューはフォアアームも少し細身で、一般的にウケの良さそうなしなりのあるキューを作ったのさ。もちろんDavidの物にも似ていたけど、自分のとDavidのは違うよ。先生と生徒が同じ見た目の物では、皆が判断に困ることはこっちも理解していたからね。とにかく自分の求められた物はPool用のキューで、空気がガンガン冷えていてスーパードライな環境での主に9ボールとバンクプールの為のキューさ。キャロムや14-1やワンポケットはすでにBert Schragerが名前を売っていたから、入る隙間はなかったんだ。Ronnie Allenや早撞きのチャンピオン“マシンガン”Lou Butela達が使っていたからね。だけど時代は9ボールがブームになっていて自分を助けてくれた。Lucky、運が味方してくれたんだよ。」

「いいから!」

「1985、6年には自分のキューはかなり良い線をつかまえ始めていて、80年代末にはほとんどといって良い程自信を持っておすすめできるキューを作るようになったんだ。その頃はLuckyも何回も来ていて、知っているだろう?」

「あぁ、昨日のことのようによ〜く覚えているよ。Jerry、君はとっても話好きで、英語を全然理解できない僕にずっと何時間も何日も説明してくれたね。あの時テープレコーダーを持っていけば良かった、と後から思ったもんだよ。」

「Luckyが毎年Shopに来てくれた頃は本当にShopの環境が整っていて、素材も色々手に入り、全てが順調で毎日興奮しながらShopにいたものさ。人に自分のしていること、考えていること、理解したことを話したくて教えたくて…、本当に愉しかったね。何度目かの訪問でLuckyが一番好きなのはメープルにパープルハートのポイントの組み合わせだ、と言ったのを覚えているかい?」

「うん、よく覚えているよ。Jerry、君はそしてこう言ったんだ。『Purple Heartもとっても良いけど、もっと良いのはAlves…、Goncalo Alvesだよ』ってね。」

「君は目を丸くして、信じられない!って顔だった。」

「いや、今でも信じられないよ。っていうか、何故そう言うのか理解できていないってことかな。」

「キュー作りをすればイヤでも理解できる。P.Hも良いけど、Alvesはもっとだ。話を戻すと、自分はショートコンタクトには素材の大切さを学んだんだよ。もちろんメープルをいかに仕入れて寝かせて、そして削るかということだけどね。ところが肝心のメープルが思うように仕入れられなくなったんだ。どうしても白い色味のメープルを使わざるを得なくなったのが94年だったかな。一大転機だったね。そして先角のマイカータが残り少なくなってしまったのが96年のこと。電気の絶縁素材として開発されたマイカータだったけど、粉塵が発がん性物質として認定されて製造されなくなったんだ。日本ではアスベストと言うと“あぁ”と理解できるかな。そんなこんなで一本調子で色々学んでいたのが少しつまづいて、方向性を見失っているうちに心筋梗塞…だったからね。」

「じゃ今もし戻れたなら…?」

「もちろんショートコンタクトをもっともっと追求しているね。素材が使えなくなったと言って嘆いている暇はないよ。フォアアームもジョイントもシャフトテーパーも先角も…、まだまだ改良できる点はあると思うから。South Westは完成品ではないんだ。進化してこそボクの作ったSouth Westだよ。今のキューはまるで退屈だね。同じことを続けるというのは伝統でも何でもない、少しずつ進化してこそ伝統なんだよ、Lucky。」

「随分熱いね、さすがLas Vegasで作ってるだけあるね、Jerry。」

「その点ではHarveyのスタイルを正統的に継承して作り続けているCuemakerは誰ひとりとして存在していないし、残念ながら自分の追い求めた撞き味を同じようにコアせずに木材だけで丹念に作っているメーカーもいないんじゃないかな?Padgettは辞めてしまったし、Blue Grassは似ているけどテーパーが違う。Prewittも最初の頃のはね、でも今は全く違うよ、全部コアして芯材を入れている。Mc WorterやChudyも自分の物とは似ていないね。Manzinoもね。誰かいないかなぁ、フラットフェイスで1本1本を僕らのように手をかけて作ってくれる人は…、そうしたら良い夢が見られるのに。ね、Harvey…」(幕)


<出演>
■Harvey Martin
http://www.thisisamesmister.com/harvey_martin.html
■Jerry Franklin
■Lucky