ヨモヤマバナシ

【 木の値打ち(Abe Rich?) 】

掲載日 2009-04-14

2008年7月末にFloridaのAbe(エーブ)のShopから日本に戻っても、ずっとこのことが頭から離れません。


「この木の値打ちがわかるのか?」


一年中気温が高く、湿度も高いFloridaのMiamiで、空調もない潮風の中、じっと少しずつ少しずつ乾燥されたメープル。
こんな天然記念物のようなメープルのシャフト材やジルコッテ、ココボロ、ローズウッドのバット材を、「値打ちがない」なんて思ってはいない!!
だから続けて2度もFloridaを訪問したのです。
これだけ熟成された素材からはどんなキューができるのだろう。
考えてもなかなかピンときません。
大体にして「買いたい。」とは伝えたものの、オジイチャンは耳は遠いけどまだまだ達者です。
Daveとは、彼が生きている間は誰も手に入れられないネェ…、なんて冗談っぽく、でも半分そんな気がしていました。
手に入るまでは長期戦を覚悟したわけです。


その間、自分の頭の中で思い浮かんだAbe-woodの活かし方は、まず何といってもVintageのCustom cueのシャフトを作ること。BalabushkaやGusのスペアシャフトを作るならもうAbe-woodに勝る素材はこの地球上にはないことを直感しました。
BalabushkaやGusのシャフトならAbeの素材の中でも杢目のまっすぐなものを選んで製作したいものです。
まさしく1本1本手づくりにはなりますが、作れるようになれば夢のような話ですね。


次に思い浮かぶのは、70、80年代のTadのスペアシャフトでしょう。
これには粘りのある素材で、やせにくい物で、杢目にはとらわれずに作れば、かなり昔の打感を蘇らせることが可能です。
Tadの現行のシャフトでは昔の打感とは全然違ってしまうけど、Abe-woodなら確実に打感を取り戻せると思います。
特に日本では喜ぶ人がたくさんいるだろうな。


もう1つ見逃せないのが、80年から90年初頭のSouth WestのキューにもAbe-woodの良さを活かせると思います。
今から25年も前のSouth Westは、シャフト材が現行の物とは全く違っていて、赤木の堅く締まったメープル材でした。
今ではそんな素材が手に入らないために、ありきたりの白いシャフトが2本付いてきますが、Abe-woodを使えば昔のソリッドな打感が実現できると思います。


これらのブランドによる打感の違いは、シャフトサイズとテーパーによるもので、Abe-woodでシャフトを作ればこれらのキューは素晴らしいキューとして蘇るのでは、と心から思います。
でも、シャフトを作るだけではなぁ…。なかなか自分の中で具体的にピンとくるものがありませんでした。

そんなモヤモヤとした気持ちで9月、10月と過ごしていたら、突然、忘れもしない2008年11月8日、珍しいことにDaveから私に電話が来ました。


私「どうしたの?」
Dave「今、Abe Richの甥っ子のHowardから電話がきて…、Abeが亡くなったそうだ。11月6日のお昼に入院していた病院で…。」

(私はDaveの重く沈んだ口調から、ジョークでないことがわかりました。Daveから告げられた内容があまりにショッキングで、亡くなる際のAbeのことや昔の思い出話などをしてくれていますが、私は何を言われているのかさっぱり理解できません。あんなに元気だったのに…。)

Dave「HowardはAbe RichのShopのすべてを我々に売りたい、と言ってきているけど、全部落ち着いてからまた連絡をくれるそうだよ。どうする?」
私「ふーん…。全部を?どうしようか…?」
Dave「買うかどうかはLucky次第だけど…。」
私「どう思う?」
Dave「買ってしまって、整理して、小分けにして売っても良いとは思うけど…時間はかかるけどね。」
私「うーん、少し考えてみるよ、ありがとう、Dave。」


電話を切って…、でも話している間から自分の心は決まっていました。


思い起こせば6月にAbe Richのことを耳にして、会いに行き、全てが始まった。
7月半ばでもあんなに元気だったAbeが、こんなにもあっけなく亡くなって、なぜかキュー作りをしたことのない自分に全てが手に入る流れになっている。
キューメーカー達が手に入らなかった素材、形としては売りに出ていたことをきっと知らなかったキューメーカーもたくさんいただろうけど(BarryやErnieなどは知らなかった)、そんな素材はこのチャンスを逃したらきっと2度と手に入らなくなる、とにかく手に入れよう、そういう流れだ、と確信しました。


また連絡をする、と言っていたHoward Richときちんと連絡が取れたのはそれから1か月後の、12月10日頃のこと…。
売買の内容は、1月25日程までにマイアミのShopからすべてを運び出してほしい、と至って簡単なものでした。



翌年(2009年)1月12日


私達はAbe RichのShop、“STAR CUE”に足を入れてみて、あまりの息苦しさに驚いてしまいました。
11月6日に亡くなってから誰も入らなかったそうで、カビ臭いような…なんとも言えない臭気です。
前後のドアを開け放して、その間Howardと自己紹介。
私はAbeの木に触れる前にAbeのお墓参りをしたいことを伝えました。(写真1)


お墓参りの後に遅めの昼食をとり、Shopに戻ったのがPM3時半。
皆であらためてShop探索をしてみましたが、とにかく埃だらけなのは予想以上でした。
Daveは昔のリネンを捜していますが、なかなか見つかりません。
私はメープル材を取り出してみて、どの程度まっすぐが調べてみましたが、その前にShopの中はゴミだらけ…。
初日は防塵マスクをしてゴミ掃除から始めることになりました。(写真2)


段ボールには中に何が入っているのかを記載すること、何が何本あるかも項目別に、等と日本で考えていたことが、現実のゴミと埃の前に…圧倒的なボリュームと作業の前に絵空事と化していきます。
Abe Richの机の周りにある物は30年前の伝票だったり、40年前の電気代の精算書だったり…。
いつのものかがわからないお客さんとのリペアの値段だったり、近所の?ビリヤード場からの修理依頼だったり…。
あきれるのを通り越して、怒り始める自分がいます。
でもすぐにAbeが笑っているよなぁ。驚いたり怒ったりしている自分を見て、“若者よ、この木の価値が理解できないのだろう?”と笑っているAbeの声が聞こえてくるようです。
このShopの中の素晴らしいものも、ゴミクズも、全てを含めてAbe Richなのです。
自分が今触れているメープルはもしかしたら1900年頃の空気を吸っていたのかもしれない、このジルコッテは…、このローズウッドは…、メキシコやブラジルなどの遠い国から来たものだよネ…。
Shopに眠っていたたくさんの素材を箱詰めするのにかかった週末までの4日間、自分はShopの中でずっとAbe Richの笑顔を感じていました。
世界中でここにしかないAir-dry(自然乾燥)の木材、それを手にできる幸運に感謝、この素材をずっと長年保管してくれていたAbeに心からの尊敬と感謝です。



11月8日のDaveの電話以来、なかなか決心がつかなかったことがあります。
Abeの木材を手にして現実にはそれから何を作ろうか、ということです。
どこをベースに誰が何を作るのか、がなかなか見えませんでした。
とりあえず私が選んだ保管場所はアリゾナのフェニックス。
Daveの家のそばに倉庫を借りて、木材を選別することから始めることにしました。
Miamiで荷造りしている間にも、色々な人が私の相談相手になってくれました。


John Showman「AbeのShopにあるものはどんなものも絶対に捨てない、ハンドメイドでプールキューを作った最後の一人であり、AbeのShopは博物館にあるような物の宝だと思う。」


Bob Manzino「湿気の多いフロリダから砂漠の乾燥した空気のアリゾナへ持っていくのは本当に注意しないと…木が曲がるのが多いと思うし、ローズウッドなどは割れるよ。自分なら全部の木の木口をワックスで塗るけどね。Lucky次第だけど…。あと、ローズウッドを売る時は教えてくれ、興味があるんだ。」


Ernie Gutierrez「木が乾燥するのに一番注意が必要なものはメープルだよ。急激に乾燥するからね。だから曲がるんだ。湿度がフロリダは70〜80%だと思うけど、50%に保てればアリゾナでも大丈夫だと思うね。ローズウッドなんかは1シーズンでは乾燥しないから気にしなくてもOKだよ。」


Victor Stein「オメデトウ!!Lucky!!Abe Richの木材はこの世に残る最高の素材で、自分は8年ほど前に購入しようとして手に入れられなかったんだ。どういう風に分別して何をするかはゆっくり時間をかけて決めたら良いさ。急いですることはない、簡単ではないだろうけど、時間をかけてね。売る時は最初に教えてくれよ。」


Ernieなどはその後もTELする度に色々アドバイスをくれます。
「Ginacueの顧客で昔から球を撞いている連中は、もう皆が古い赤茶のシャフト材でスペアシャフトを作ってくれ、と言ってくる。Lucky、そのシャフトは注意が必要だよ。じっくり時間をかけて乾燥しないと…。移した最初が問題だからね。年十年前のメープルでも保管場所を移した時と、最初に削った時が一番肝心で、注意しないとダメだよ。昔の物ほど木材は難しいんだ、呼吸しているからね。」


私は自分の倉庫に大型の加湿器を1台と、大きなバケツを3個、それに、天井からバスタオルを垂らして水分を補給して湿度を45〜50%に保っていること、最初のカットは15/1000インチ(0.3ミリ)にしたことを伝えたら、彼はようやく安心してくれました。
Ernieの豊富な経験の前では下手な隠し事は何の意味もなさず、全てを話すと内容に合ったアドバイスをもらえます。


「Lucky、結局その木はどうするの?」
「ウーン、まだ決めてないけど…。キューを自分で作ろうかと思うんだ。DaveのShopに木材を持ち込んで、新しくマシンも買い込んで、全部自分でやってみようかと思う。この素材を活かした最高のサウンドのキューを作れると思うんだ。」
「それは興味深いね。キュー作りをするのはいいことだよ!!」


ErnieにはAbe Richとのやり取りは伝えませんでしたが、私にはずっと気にかかる言葉がありました。
「キュー作りをしない者には売らない。キューを作らずに木の値打ちがわかるわけはない!」
まだ元気だったAbe Richが私に遺した強烈なメッセージ!!
きっとオジイチャンも天国から応援してくれると思います。