ヨモヤマバナシ

【 “Abe Rich”って知ってるかい? 】

掲載日 2009-02-13

“Abe Rich”って知ってるかい?
あ〜知ってる知ってる、親戚のお金持ちのアベさんでしょ?
アベ・リッチだもんネ。…イヤイヤ、これは『エーブリッチ』と読みます。
『アベ』とは読まないでね。


Abe Richは1973年よりFloridaにStar cueを創設しました。
私、Luckyは昨年6月にひょんなことから彼を訪れ、色々と話を聞くことができました。あまりにも強烈な印象だったので、7月にもまた訪問…、残念なことに結局それが彼との最後の面会となってしまいました。今回は彼との2回のやり取りやShopについての思い出などを皆さんにお知らせしたいと思います。


私は友人Oさんと08年6月に、NYからFloridaに半月程の観光旅行を計画しました。もちろんその中に少しは仕事も入っていて…、第一の目的はFloridaで“Captain Bob”ことBob Manzinoと会うこと、もう1つはNYでBlatt Billiardsを訪問し、Shopの様子やその当時まだ発刊されていなかったB・E(ビリヤードエンサイクロペディア)の打ち合わせも入っていました。


NYでの4日間は天候にも恵まれ、初夏の陽ざしの中写真を撮ったり、メトロポリタンに行ったり…、とても順調で愉快な時間でした。そして早朝オーランドに飛び、ハプニング!
ManzinoにはNYからTELを入れてあり、奥さんのDanyからは
「多分Luckyの来る頃には戻ってくると思う。少し海に出てるだけ…。」という説明だったのです。ところがオーランドからレンタカーで向かおうと思って連絡してもさっぱり相手が出ません。それで仕方なく?オーランドから程近い(2時間弱?)のShowmanにTELを入れたのです。これが間違いの始まり…。


行きはGPSを使って行ったので全て順調…。少し遅いお昼ご飯をShowmanファミリーと一緒にとりました。行った先はApple Beeという、まぁ日本で言うと子供連れ向きのファミレスです。皆思い思いのものを頼み、例によって?私が勘定を済ませ帰ろうとしたところ、同行したOさんの顔色が良くありません。彼はトマトをはさんだハンバーガーを気持ち良くムシャムシャ…オイシイ!!と食べたはずですが…!!??あれ?トマト??そういえば日本を出る前から「トマトはサルモネラが…」って言われてたっけ!そんなことを思い巡らしていてもOさんはトイレからさっぱり出てきません。ようやく出てきた彼に「大丈夫?」と聞いたら、「ウーン…」。結局Johnの家まで車で5分位でしたが、家に着いたらまたトイレ。これじゃオーランドまでの3時間は無理だね、とShowman宅に泊まることになりました。


これが次の日になってもOさんは良くならず動けません。翌々日もダメで…2、3時間の滞在のはずが3泊もするハメになりました。
オーランドには5ツ星のホテルを予約してありましたが、もうすっかりそんなことも忘れ、こっちはJohnとキューの話ばかり。
その時にJohnがふっと聞いてきたのです。
「Lucky!Rich cueって知ってるかい?」
「何の話?お金持ちのキューって意味?ギャンブルに負けないとか…?」
「そうじゃないよ、NYにあったRich cueを知らないとは…驚いたなぁ。」
「そのRich cueがどうしたの?」
「いや、今マイアミにそのRich cueで働いていたお爺ちゃん…多分85歳位だと思うけど、その人がShopに持っている木を全部処分したいと言ってるんだ。」
「フ〜ン。」
「自分もRon Haley達と今年の春に行って来てビデオを撮ってきたから見せてあげようか?」
「ウーン、いや、いいよ…。」
自分の中ではキューメーカー達誰もが欲しがらない木材に興味はなく、すっかり見る気もなかったのです。そうしたらカメラ好きの奥さんのMelyが「これこれ…」と何枚か写真を持ってきました。見れば、きったなーい古いキューショップ?の写真と、本人とJohnのツーショットetc…。
「フーン、ありがとう。」
やはりキューは大好きだけど、木材には興味がなく、天然記念物のようなお爺ちゃんにも興味はなかったのです。


古い木材か〜…、見てみたいけど…今回は観光に来ていてOさんも一緒だし…。オーランドに戻ったらせめて2、3箇所はDisney Worldに行かないと…、せっかくの旅行だもん!
三日間の療養のおかげでOさん何とか歩けるようになりましたが、まだフラフラ…。よし、戻ろうか。
車に乗ってやっと2人で話し合い、何が悪かったのか、これからどうするか…。
するとOさんが
「菱沼さん、すっかり迷惑かけちゃったから、どこか行きたい所あったら行きましょうよ。」
「エッ!観光は?」
「いや、観光はまた今度で良いですよ。他のキューメーカーは?」「それじゃマイアミのおじいちゃんのところにでも行ってみる?」
「あ、いいですネ。」
Hotelに向かう道中で話が決まり、すぐ車中よりJohnにTEL。
「OK、自分も行くよ!Hotelで待ってて!」


Hotelで待つこと2時間。TELが鳴りロビーに行くと…、ドヒャーッ!奥さんばかりか3人の子供まで来てるではありませんか!皆マイアミにバケーションで行く感じです。こうなったら仕方ない、と諦めて車に乗りましたが、Oさんは赤ん坊の隣でふくれっ面!マイアミまでの5時間か6時間をずっとこの子達とでは彼の気持ちも理解できますが、今更手遅れです。結局Oさんはマイアミまでずっと寝たフリをしていました。


翌朝10時、我々はJohnと3人でShopを訪問。マイアミを横目に見ながらKey Westには何度か行っている私ですが、さすがに“犯罪都市”マイアミは緊張します。
行ってみると、写真で見たとおりのおじいちゃんで…、古びたShopで…。でも片付けていないのか、足の踏み場もありません。Shopにはエアコンもないようで、照明も古びた蛍光灯が裸で3、4本程…。コーヒーとかお水も出てこないし…。握手して少し話をしましたが何を言っているかがよくわかりません。持っている木に興味があるのだけど…、と伝えても、
「キューメーカーか?」
「キューメーカーではないのに値打ちがわかる訳ない。」
「この木材の値打ちを調べてから来い。」
「値打ちのわからない奴にShopは売らない。」
こっちがいくら何かを聞いても耳が遠いのと頑固なのと、理解しようとしないのと…、とにかく繰り返す言葉は
「この木材の値打ちがわかるのか。」ばかりです。


突然の訪問だった為にお金も持たずに来たので、小一時間見ましたが大変な埃ばかりが目に付き、うっかり触ることもできませんでした。帰り際に名刺をおいて、入り口の所にある柵の木材に目をやりました。
「John、これはシャフト材に見えるけど、昔は何の木をシャフト材にしていたの?これは何の木だと思う?」
「I don't know…」
手を伸ばして抜こうとしたけど上からの重さで抜けません。プラスチックのゴミ箱を台にして上から1本抜いてみました。
ウワーッ、こげ茶のシャフト材かな…、とにかく埃を吸わないようにして飛び降りてJohnに渡したら…
「Maybe Maple!」
おじいちゃんはさっきから触ってダメだ、とか、危ないからダメだ、とか言ってるが知らんぷりです。コンクリートに落として音を確かめたら、「カン、カン、カン」と甲高い澄み切ったサウンド。(Mapleだ!!)
おじいちゃんは自慢げに
「Dried as like Bone!!」
骨のように硬いよ、と言っています。
心なしか曲がっていた腰も伸びて胸を張っています。聞けばここ20年以上木材などは買ってないそうで、今手にしているのはずっと昔の物。そりゃそうだよ…、15年、20年経たMapleなら今までずいぶん目にしたことあるけど、これは40〜50年は経ってる感じだもんな〜。こんなココボロみたいなメープル見たことない!
写真で見たときは何とも思わなかったけど、あの「カン!」という甲高いサウンドを耳にしたら…帰国の飛行機の中でもずっと頭はそのことばかり…。


よし!あのおじいちゃんに引退資金を渡してやろう!


帰国してすぐお金を用意し、今度はAZ(アリゾナ)のDaveとOさんとOさんの弟と4人でダンボールやらトラックやらまで手配して飛行機に乗り込みました。
前回は何も用意をせずに行ったからお金もないように思われたし断られたんだ、今度は全部手配したし、お金も持ったし…。埃を吸わないように作業用のマスクや手袋も…。本当に気合を入れて訪れたんです。
AZからAbe RichにもTELを入れさせて、我々が買いに行くことを事前に伝えてもらいました。ところが…ところがでした。前回からまだ2週間しか経っていないし、こっちのことは覚えているだろうな、なんて考えが甘かった!!もう我々のことは何も覚えていないようで、またあの問答が始まったのです。
「おまえはこの木材の値打ちがわかるのか?」
「ワカルヨ…(多分)」
「どうやってわかるんだ。」
相手は商売上手なユダヤ系アメリカ人。うっかり口を滑らせると値段が跳ね上がるに違いありません。
「…。」
「お前達には売らない。値段や評価を全部調べてから来い!さぁ帰った帰った!」
「え、ちょっと待って!我々は日本からわざわざ…」
「イイカラ。自分は2日休んで、それから医者の予約をとってあるから…また来月おいで。」
(えーっ!!また来月って…こっちは日本だよ、ジャパン!ジャパン!!)
思わずDaveを振り返ったら…イヤ、何度も言ったんだけど、耳が遠くて話が通じないんだ。我々は日本からで、自分はAZだ、と言っても彼はAZすら理解できないらしい。イヤ、今頃説明されたってこのおじいちゃんはオウムのように
「おまえはこの木の値打ちがわかるのか?」ばかりだよ…。普通値段をつけたらこっちがお金を払えばそれはこっちの物じゃん。クイズに答えてから、なんて聞いてないよ!


結局我々のとれる最善のことは、また連絡先を書いて、トラックをキャンセルして、大量に準備したダンボール箱も返品することだけでした。
理解できたのは、Abe Richは木材を小分けして売ることは今まで一度もしたことはなく、また皆が買えないのは呪文のような問いかけ「おまえはこの木の値打ちがわかるのか?」にきちんと答えられないからだろうということ。
自分の考えでは、Abe RichのShopにある木材、特にMapleはこの地球に今あるMapleの中では異質の物だ、ということです。マイアミビーチから4ブロックほどのAbe RichのShopは、年間と通して湿度は80%以上です。木材を天然乾燥するには最悪のコンディションと言っても過言ではなく、シャフト材として削られるようになるまで最低20〜30年はかかると思われます。
JohnやDaveに聞いてみても(彼らはメープルシャフト材には詳しいメーカーだと思います。)、彼らのShopにある15年前の物とは比較にならないほど暗褐色のメープル材で、信じられない物だ、と言っていました。


もし、Abe Richの木材と同じ物は作れるのかい?とJohnに聞いたら、
「Impossible!」との返事。
いや、不可能ではないけど、切った木を天然のまま寝かせて…、そして製材して寝かせて…、多分この木のようになるには50年、いや70、80年はかかるのかなぁ…。との返事です。
Daveの知識では、昔のメープルの方が今の物よりずっと良い、木でも作物でも、最初に出来た物がBestで、同じ土地に後から出来る物は品質が落ちるそうだよ、とウィスコンシンの製材業者から教わったそうです。Daveの判断でもAbe RichのShopにあるメープルは現在のマーケットでのメープル材とは比較しようがない、ということでした。


現在のメープル材のトップグレードというのは、どこの製材業者のWebを見ても「雪のように白い…」という表現で白い物が上質とされています。乾燥期間も約2週間で、Abe Richの物とはまったく逆の個性のもの…。


あ〜、Abe Richのwoodでできるキューってどんなのだろう…。
あんな木材でキュー作りをしてみたいな。どんなものに向いているのだろう…。


Abe Richの言葉がまるでスフィンクスが旅人に問い質した言葉のよう。
「この木の値打ちがわかるのか?」
この答えができる人のみが通ること(手にすること)を許されるのです。